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第3話 吐いた唾を飲むならこんな風に

 コボルト族の頑固さ、あるいは律儀さというものは、厄介なものである。  有名な逸話に「寝ずの守のコボルト」というのがある。  隣国とあわや開戦という事態に陥ったとある国の砦。  そこの番兵に、急場しのぎと近くに棲んでいたコボルトの一族が揃って徴兵された。  それこそ適当に番兵なんてのはこなすものなのだが――。  徴兵されたコボルト族は、和平がなるまでの約半月を、ただの一度もさぼることなく、また一睡もすることもなく、その砦の前に立ち尽くしていたという。  食事も門の前で済ませる。  立ち話など一切しない。  夜も眠らず槍を持って無言で立ち尽くす。  小便などで持ち場を離れる際にしても、用を済ませればすぐに持ち場に戻ってくる。  あんまり律儀に彼らが働くものだから、砦の兵たちも気を揉んでしまったくらいだ。  とまぁ、そんな逸話の真偽は一旦置いておくとして、そんな話が出るくらいに、コボルト族には冗談が通じない。それは紛れもない事実であった。  まいったな、と、俺はこの期に及んで、いらぬおせっかいをしたことを後悔する。  きらりきらりとまぶしい眼をこちらに向けるコボルト娘。  もうすっかりとのようである。 「旦那さま。挙式も届け出もまだですが、今よりこの身は貴方のものです。どうぞなんなりと申しつけください」 「いや、だからな」 「小型コボルト種ですが、鼻は利きますし、力もそこそこにあります」 「さっきまでモンスターに追いかけられてたのはどこのどいつだよ」  それは、と、口ごもるコボルト娘。  いや、メルゥ、と、呼んでやった方がいいか。  とにかく、体格からしても、性格からしても、とうてい冒険者には向いていないメルゥ。どうしてこんなコボルト娘が、それなりの装備をして森の中をうろついているのか。  それも気になったが、まずはうっかり滑らした口を取り繕うのが先だ。  俺は彼女の視線から逃げるように、死に絶えたウッドサーバルの死骸に目を向けた。 「――あのウッドサーバルの毛皮を売れば、まぁ、そこそこの金になる」 「はい?」 「あれを俺が貰う。それで貸し借りは無しだ。お前さんは恩を返すために、俺の嫁さんになる必要はないし」 「それは違います!!」  メルゥが吠えるように大きな声で言った。  わぁ、こいつ、結構口調は厳しい感じなのね。よわっちいのに。  視線を再び彼女に戻すと、きりとその眉が吊りあがり、少し耳が浮き上がっていた。  スカートの中の尻尾も起き上がっているのを見るに、どうしてか怒っているらしい。  なんでだ。俺、何か起こらせることをしたか。 「その獲物は旦那さまが仕留められたものです。元から私に所有権はありません」 「いやけど、お前が狩ろうとしてたんじゃないの、このウッドサーバル」 「――私は、その。イエローマッシュルームという素材を探して、この森を歩いていたんですけれど」  イエローマッシュルームの探索。  駆け出し冒険者がやる、もっとも初歩的で、もっとも難易度の低いクエストだ。  そしてもっとも報酬もしけている。  酒場でエール一杯飲んだら終わり。ガキの使いみたいなクエストだ。  というのも、イエローマッシュルームは、この森の入り口の程近くに群生しており、こんな奥深くまで入ってくる必要はないからなのだが――。  ダメだ、この犬っころ、相当にポンコツだ。 「どうしたんですか旦那さま、そんな青い顔をされて」 「いや、その、なんでもない」  どうしてこんなのがクエストなんてしてるんだ。  おかしいだろ。  家の者でも、近所の者でも、冒険者ギルドの者でもいいから止めてやれよ。  あぁ、もう、まったく。どうかしてるぜ、この世の中は。 「じゃぁもうそれでいい。イエローマッシュルームの依頼報酬貰って、それで手打ちだ」 「あの報酬金額では、命の代価としては不釣合いです」 「じゃぁどうしたいんだよ!!」 「だから身体でお返しすると――はっ、もしかして!!」  ようやく気がついてくれたか。  俺が彼女の将来のことを思って、あえて意地悪なことを言ったということに。  そうだ、世の中には悪い奴なんてごまんと居るのだ。  俺のように親切心から、ちょっとした冗談でこんなことを言う奴もいるが、中には本気で助けた女冒険者に肉体関係を迫ろうとする――。 「私の年齢のことを気にされてます!?」 「どうしてそうなる!?」  予想の斜め上を行く台詞に俺は絶句した。  そんな俺をよそに、メルゥはまた、無駄に力強い顔立ちをこちらに向けると、その鼻を鳴らして、大きく口を開いた。 「小型種のコボルトですから、見た目には分からないかもですが、これでもちゃんと私は成犬してます!! 子供だって産める年齢ですから!!」 「だからどうしろと!?」 「じゃあ何が気がかりなんですか!! 病気ですか!? 大丈夫です!! だって、私、処女ですから!!」 「そういうこと大声で言うことじゃないと思うんだけど!?」 「身長差!? 体格差!? それとも――性格の差ですか!? 大丈夫ですよ、全部、愛があれば乗り越えられます!!」 「その前に、もっと乗り越えられないものがあることに、気付いてお願い!!」  コボルト族と人間族。  その間に立ちふさがる、種族の壁がどうして出てこない。  あかん、これはあかん奴や。  何を言っても右から左へ、耳から言葉が抜けていく、そういう奴や。  俺は人目――いや、犬目もはばからず頭を抱えた。
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