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第10話その3 彼らの言葉2

「フッ!」  エルメンリッヒは振り向きざまに剣を閃かせる。断ち切られた触手が重い音を立てて地面に転がった。 「全く、お怪我はございませんか?」 「あぁ、シェマル。お前が声を掛けてくれたおかげだ。礼を言う」 「睦実、貴女はどうです?」 「え、私には何も……」 「良かった」  シェマルは精霊のように整った顔に、優美な微笑みを浮かべる。 「神の国から授かった貴女に、怪我を負わせるわけには参りませんから」 「もう、シェマルまでライリーみたいなことを言って……。大袈裟よ」 「大袈裟などではありませんよ。私たちには、あなたを無事な姿のまま元の世界へ帰して差し上げる責任があります」 「え……」  シェマルの言葉に、ふと寂しさを覚える。元の世界へ戻ることは、私自身が望んでいることなのに。 「そ、そうよね。私がここにいても仕方ないし。早く元の世界へ戻ってソフィアと入れ替わらなきゃ、みんなやこの世界に迷惑がかかるもの……」 「そうではありません」  しなりながら襲い掛かって来た触手を、シェマルのバリアーがはじき返す。怯んだ触手に対し、シェマルはすかさずロッドを振り雷撃を落とした。 「貴女はここへ、自らの意志とは関係なく来たとおっしゃっていましたね。そして、この世界が亡びへ向かっていると知りながら、踏みとどまり、その事態を回避すべく頑張っていたのでしょう?」 「頑張って……たのかなぁ? 結果が出せていない気がするし……」 「いいえ、貴女は十分に頑張っていました。亡ぶことを知っていた分、知らずにいた私たちよりも多くの重圧を抱えていたでしょうに。自らに力がないと知りながら足掻き、なんとかこの世界から亡びを遠ざけようと、貴女は努力していました」 「…………」 「そんな貴女に感謝こそすれ、どうして責められましょう。きっと、皆もそう思っていますよ」 「シェマル……」  見とれるほど美しいその微笑みに、心が融けそうになる。 「この世界の未来に責任を負わねばならないのは、この世界に生まれた我々です。自らの意志とは関係なくここへ運ばれて来てしまった貴女を、巻き込むわけには参りません。私たちは貴女を、貴女の世界へお返ししなくてはならない」 「…………」 「……本音を言わせていただけるなら、貴女を手離したくないですけどね、睦実」 「……っ」 「へぇ、女みてぇなツラのくせに、なかなかどうして口説く姿も様になってるじゃねぇか」 (ベルケル!) 「揶揄するのはおやめなさい。私は……」 「あーっと、今はそんな話をしてる場合じゃねぇ。あっちに怪我人がいる、治癒魔法を頼むぜ、シェマル」 「……! 私としたことが……、失礼します、睦実」  シェマルが去ってゆくと、ベルケルは意味ありげに笑った。 「で? どうなんだよ」 「どう、って。何が?」 「女みてぇなツラだが、シェマルも立派な男だ。綺麗な顔立ちの男にあんな風に言われりゃ。悪い気はしねぇだろ?」 「そりゃ、まぁ……」 「へぇ……。てことは、てめぇの目当てはやっぱシェマルか」 「は!? 目当てって、何!?」 「てめぇが言ったんだろうが。ここは『乙女ゲー』とか言う、疑似恋愛を楽しむ作品の中だって。てめぇがそれにわざわざ手ぇ付けてたってことは、俺らの中の誰かと恋仲になりたかったってこったろ?」 (うぐっ!?)  そこを突かれると思わなかった。 「た、確かにシェマルも素敵だけど、でも……」 「あ? 違うのか? じゃあ、あれか、エルメンリッヒだな」 「なんでそうなる!?」  というか、戦場のど真ん中で、どうしてこんな修学旅行の夜みたいな会話をしている!? 「ん? エルメンリッヒでもないなら……」 「も、もう、いいから! その辺追及するの無し!」  ファーストプレイでベルケルを攻略して、最終的には全クリと全ルート全イベントコンプを目指していたなんて、とても言えない。 「っと、危ねぇ!!」  風を切り、唸りをあげて飛んで来た触手を、ベルケルの拳が破壊する。 (かっこいい……)  広い背中、盛り上がり引き締まった筋肉。 「俺とてめぇが恋仲になる選択もあったってことか」 「っ!?」  不意を突かれ、私は返す言葉を失う。頭部全体が燃えるように熱くなり、口は酸素を求めるように虚しくぱくぱくと動いた。 「バッカ、冗談に決まってんだろ。そんな顔真っ赤にして怒んな」  ゲラゲラと笑いながら、ベルケルは私の髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。 「ちょ……!」 「想像つかねぇよなぁ、俺とてめぇが恋仲になる光景なんざ」 (う……)  本命キャラの無神経な言葉に、少し胸が痛む。 「ま、てめぇが誰を恋い慕ってるかは知らねぇが、俺のことも『仲間』んトコくらいに入れてやってくれ」 「え……」 「なんだ、そのツラ。お断りだってか?」 「そ、そうじゃない! でも、ベルケル……」 「なんだ」 「私、魔力もないし、『封魂』も出来ないよ。そんな足手まといが、ベルケルの『仲間』を名乗ってもいいの?」 「は? 役に立たなきゃ、『仲間』になっちゃいけねぇのか?」 「……!」  ベルケルは私を背に庇い、メトゥスの攻撃をはじきながら言葉を続ける。 「確かにてめぇは、背中預けられるような奴じゃねぇ。だが、根性は大したもんだ。俺はてめぇを、このメンバーの一員だと思ってる」 (ベルケル……!) 「それにしても、恋、ねぇ……」  ベルケルの言葉に浸る間もなく、彼は話を戻す。 「言っとくが、俺が恋人にかける言葉は、相当情熱的だぜ?」 「……!」 「てめぇみてぇなお子様には、ちっとばかし早すぎるだろうよ」  ゲラゲラと笑うベルケルの背を、一発殴ってやりたい衝動にかられ、ロッドを握りしめた時だった。 「頃合いでしょうか」  上空から、パワードスーツに身を包んだミランが降下してきた。 「どれ、拝見」 「あっ!」  ミランが私の腕に装着したガントレットに触れる。いつの間にか、パワーゲージは満タンになっていた。 「皆のキミに対する気持ちは心に届きましたか?」 「……っ」 「それは良かった」  バイザーに覆われ、ミランの表情は見えない。彼は私のガントレットの蓋を開き、小型のキーボードを素早く叩く。 「睦実、キミは我々を機械で出来た作りものの中の存在と言っていましたが」 「あ……、うん……」 「そもそも人の感情とは、脳内の神経電気パルスや神経伝達物質の濃度などに基づいた現象の一つに過ぎません。我々がゲームという機械の中でプログラムに沿って動いているものだとしても、キミとそんなに変わらないとは思いませんか?」 「えっ……」  ミランの指が軽やかに動き続けている。 「キミが『心』と思っているものも、電気信号によるものです。そう考えてみれば、次元が違おうと世界が違おうと種族が違おうと、何かを大切に思う気持ちには違いはないと思うのですよ、ボクは」  ミランがこちらに顔を向ける。バイザーに私の顔が映っているのが見える。 「キミがボクに与えてくれる刺激はとても心地よいものです。前にも言いましたが、ここまで興味を引かれる対象に出会ったのは生まれて初めてです」 「ミラン……」 「キミは、元々いたはずの人間と入れ替われば万々歳であるかのように言ってましたが、ボク個人としてはあまり嬉しくない展開ですね。ボクはキミにこの世界に留まってもらいたい。そのためには……」  ガントレットが、心地よい音を立てる。 「キミがこの世界で気づまりな思いをせずに済むよう、キミが安定して存分に力を振るえる装置を作り上げるしかありませんね!」  腕に装着したガントレットが唸りを上げ、金色に輝き始める。 「エネルギーMAXです。今なら、全てのメトゥスを一掃できるはずです」 (メトゥスを一掃……!)  私はロッドをもって、メトゥスの群れに向き直る。 (胸が熱い……)  皆からの言葉がエネルギーとなり、体内でマグマのように逆巻いているのを感じる。 (今なら、出来そうな気がする……) 「ミラン」 「なんです?」 「試してみたいことがあるんだけど」 「どうぞ」 「失敗するかもしれないけど……、いい? せっかく溜まったエネルギーを無駄にしちゃうかもしれない……」 「実験に失敗はつきものです。進歩には時に無謀な挑戦も必要ですよ。エネルギーを使い果たしたなら、その時はもう一度皆でキミに語りかけるだけです」 「…………」 「ボクはキミを信じていますよ、睦実」 「……ありがとう!」  私はロッドを両手で持つと、頭上に高く掲げた。 (台詞は覚えてる……!)  心臓の音がうるさい。全身がどくどくと脈打っているのを感じる。 (きっといける……!) 幾度が深呼吸を繰り返し、最後に大きく息を吸う。そして私は、メトゥスに向かって思い切り叫んだ。 「開け、異界の門! 封魂の乙女睦実が、迷えし者を誘い還さん!」  自分の体の中心を奔流のようなものが駆け抜け、頭の先から勢いよく噴き出していくのを感じる。 (ぐっ……!)  自分の放つ力の予想外の大きさに、足元がふらつく。私は懸命に足を踏ん張り、メトゥスを睨みつけた。 (あ……!)  私から放出された光がメトゥスに触れた瞬間、彼らは琥珀の彫像のような姿へ次々と変わってゆく。やがて陽光の前の霧のごとく溶けると、金色の粒子と化した全てのメトゥスは、輝きながら天へと吸い込まれていった。 (出来……た……、『封魂』……! 『封魂』が、出来た……!) 「睦実!」  エルメンリッヒの声に、私は我に返る。導魂士の皆が、こちらへ駆け寄ってくるのが見えた。 「やったではないか、睦実!」 「すごいよ、睦実! 一瞬で全部封じちゃったよ!」 「『封魂』って初めて見たぜ! かっけぇ!」 「さすがです、睦実。よく頑張りましたね」 「こんなすげぇ力あんなら、最初から出し惜しみすんじゃねぇよ!」 「ふふっ、予想以上の成果です」 (みんな……)  私はまだ震える足を動かし、彼らに向かって一歩踏み出そうとした瞬間だった。 (え……?)  自分の体がキラキラと発光しているのに気付いた。 「な、何これ……」 『睦実……』 「っ!?」  頭上から私を呼ぶ声が聞こえてくる。天を仰ぐと、そこからソフィアがこちらに向かって手を伸ばしている姿が見えた。 (あ、そっか……)  私がソフィアと入れ替わり、元の世界に戻る時が来たのだ。 (私は、この世界でやるべきことをやったんだわ……)  私はソフィアに向かって手を伸ばす。今度こそソフィアと二人、互いに本来の場所に戻るために。 (さようなら、みんな……)  脳裏が白く染まってゆく。 (ありがとう、みんな……)  達成感と疲労に包まれ、私は意識を手離した。
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