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第3話 その2 分かっちゃいるけど

 シェマルは、クロワッサンサンドとティーセットを乗せたトレイを手に、室内へ入って来た。 「昼食時になってもダイニングにいらっしゃらなかったので、手軽に食べられるものを持って参りました」 (え? もうそんな時間?)  思えば、朝食後にメトゥス討伐をして帰って来たのだから当然のことだ。 (でも、お腹すいた気はしなかったな)  ことりと音を立て、シェマルがサイドテーブルにトレイを置く。 「ここに座ってもよろしいですか?」 「はい、どうぞ」  シェマルがサイドテーブル傍の椅子を引き、腰を下ろす。 (シェマルにはそこまで緊張しないな……)  それはきっと彼の容姿と物腰、そして声がとても優美で、男性を意識しなくて済むからだろう。有体に言えば、綺麗なお姉さんにしか見えない。シェマルには失礼かもしれないけれど。 「思っていたより、表情が明るくて安心いたしましたよ。  召し上がりますか?」 「あ、はい。ありがとうございます」 (あの美味しいクロワッサンを使ったサンドイッチ……)  一つ手に取り口に運ぶと、サクリという音と共に口の中に楽園が広がった。 「美味しい! これ、シェマルが?」 「ふふ……」  シェマルが柔らかく目元を細め、微笑む。 (クロワッサン単体でも美味しいのに、シャキシャキのレタスと香りのいい生ハムと、これはモッツァレラチーズ? 贅沢!! こんなおいしいサンドイッチ食べたの、生まれて初めて!)  1つ平らげると、急に空腹を覚える。シェマルの淹れてくれた花の香りの紅茶と共に、私は一気に平らげてしまった。 「ごちそうさまでした」 「食欲もあるようで安心いたしましたよ」 (! しまった、私ったら……!)  あまりの美味しさに、シェマルも食べるかどうか聞くのを忘れて、1人ですっかり食べてしまった。 (乙女ゲーヒロインなら、ここは『一緒に食べませんか? 2人で食べたほうがきっと美味しいと思います』だろ!? 私の馬鹿ぁああ!) 「先ほどのことですが……」 「あっ、はい!」  シェマルの声に、私はばね仕掛けの人形のようにぴょこりと姿勢を正す。 「エルメンリッヒから事の次第を聞きました。 彼は決してあなたが憎くて厳しいことを言ったのではありません。あの方は責任感のとても強い方ですから。分かってあげてくださいね」 「あ、はい。その辺は大丈夫です」 「え」 「私は前衛に向いていないのに、指示を無視して前に飛び出した。だからエルメンリッヒ様は、私が二度とあんな真似をしないよう叱ったのでしょう? 私に怪我をさせたくないために」 「…………」 「言葉は厳しいけれど、思いやりのある方だと思ってます」  私がそう言うと、シェマルはふっと口元を緩めた。 「あなたは、不思議な方ですね」 「えっ?」 「まだ、私たちと出会って1日しか経っていないのに、まるで旧知の間柄のようにエルメンリッヒを理解している」 「それは……」  数ヶ月に渡ってミサとキャラ妄想を繰り広げていた結果とは言えない。 「……エルメンリッヒ様は王都で騎士団長をされている方だから、その辺も噂として色々耳に入って来ていたし、だいたいそんな感じの人かな、と」 「あぁ、言われればそうですね。彼は有名人ですから」  シェマルがティーカップに温かな紅茶を注ぐ。 「では、あなたのその気持ちをエルメンリッヒに伝えてあげてくれませんか? 彼はあなたを傷つけてしまったと自己嫌悪に陥っているのです」 「……それは、私から謝りに行けってことですか?」 「え? えぇ、まぁ……。互いに自分にも非があると認めているようですし、気まずいままでは今後の生活にも響くでしょう?」 「……嫌です」 「睦実……?」  三次元イケメンにこちらから声を掛けるなんて、ハードル高すぎる。何と言って切り出せばいいか分からない。 それに、現実世界でストレス溜めることが多いのに、なぜわざわざ夢やゲームの中でまで他人の機嫌を取らなきゃならないのかと思う。ワガママになれる場所があってもいいはずだ。 (ゲームでそれをやると好感度下げるから、結局やらないんだけど)  それに、相手に合わせる選択肢だけが、好感度大UPとも限らない。中には、相手とあえて違う意見を出すことで、『そんなこと思ってもみなかった!』となり、好感度を上げることもある。  まぁ、ここは夢だ。魂の解放区でくらい、たまには自己主張してもいいだろう。 「私……、エルメンリッヒ様が心配して言ってくれたことは分かってるけど、私だって何も考えずに行動したわけじゃないです。相手の攻撃を受ける役を一人増やせば、エルメンリッヒ様やキブェのダメージをそれだけ減らせるじゃないですか。私は私なりに気遣って……」 「睦実」  シェマルの固い声に、私は顔を上げる。シェマルは私のロッドを手に目の前に立っていた。 (あれ?)  好感度が下がる効果音が聞こえた気がした。 「例えば」  シェマルはロッドを高く持ち上げると、私の頭に向かって振り下ろした。 「ひゃっ!?」  思わず目を閉じ、身を縮める。いつまでも訪れない衝撃に恐る恐る目を開くと、ロッドは私の頭上10cmの辺りでぴたりと静止していた。 「もしこのロッドがあなたの頭に直撃していれば、あなたはどうなっていましたか?」 「痛い、です」 「だけですか?」 「怪我をする、ですか? 血が出るとか、骨が折れるとか……」 「メトゥスの触手は、固さがこのロッドとほぼ同じです。それが10倍ほどの太さを持ち、鞭のようにしなって叩き付けられるのですよ?」 「……っ」  シェマルの表情に厳しさはない。どちらかと言うと『無』に近く、分かりやすい感情が見られない分、凄味を感じた。 「エルメンリッヒがどんな気持ちで、前に飛び出したあなたを見たか、どれだけの覚悟であなたを庇ったか、分かってあげてください」 「シェマル……」  シェマルはロッドを元の位置に戻すと、廊下に向かって歩き出した。 「あの……っ」 「その食器は、ご自分で片づけてくださいね。  あぁ、言い忘れていましたが……」  シェマルがプラチナピンクの髪を揺らし、肩越しに振り返る。その顔にはいつもの柔和な微笑みがあった。 「サンドイッチを作ったのはエルメンリッヒです」 「え!?」 「お礼を言っておいてはいかがですか? 失礼しますね」  唖然としたままの私を残し、シェマルは扉の向こうに姿を消した。 (こ、怖ぇえええ……!)  シェマルの微笑みの恐ろしさに、今更ながら震え上がる。 (初めて生で見たよ、あれが『暗黒微笑』ってやつですか!? いや、暗黒って感じじゃなかったな。どちらかと言うと邪なるものを一切浄化してしまう清冽なる微笑み? 光属性!?)  発売前からミサとは、 「シェマルって普段は柔和だけど、怒らせると怖いタイプっぽい」 とは話していた。 (まさか、そのまんまだったとは……)  暴力的な怖さはない。どちらかと言うと、『神から見放された』系の恐ろしさだ。生きていくにあたっての後ろ盾を完全に失う、みたいな……。 (今のはお叱りじゃなくて、軽い忠告程度なんだろうけど。それだけでこの迫力……)  いつの間にか脇にじっとり汗がにじんでいる。 (どうしよう……)  ああ言われたものの、エルメンリッヒ様にこちらから何て言葉をかけていいか分からない。冷たく見下ろすアイスブルーの瞳を受け止める覚悟も出来てない。不機嫌なオーラを発している人に近づきたくない。あと、イケメン怖い。 「…………」  私はシェマルの置いて行ったトレイを持ち上げる。まずは食器を片付けるためキッチンへ行くことにした。
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