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第2話 その4 好感度

 はたと気付いた。ソフィアは魔法で皆を回復できる。でも、私にはその力が備わっていない。 (少ないメンバーの上、回復役なしでメトゥスを倒さなきゃいけない……!)  第1章に出現する小型のものとはいえ、そこそこ手応えはある。回復役なしではさすがに厳しいかもしれない。 (どど、どうしよう!? 自分が魔法使えないの忘れてた。でも、向こうからもう1人こっちにメンバー連れて来ると、あっちが戦力不足になって東の街に被害が出るし。これで行くしかないんだろうけど。あーっ、もうっ! 魔法系のコマンドボタンどこ!?) 「おいでなすったぜ! 2体目だ!」 「っ!?」 「睦実の予言通りだな」  空間の裂け目からずるりと這い出て来るメトゥスに向かって、2人が得物を構える。 (こうなったら……)  私はロッドを握って2人の後に続く。攻撃力は低くとも、力押しで殴り続ければ多少は相手のダメージになったはず。  それに相手の攻撃対象を3つにすることで、1人当たりのダメージを軽減できる。 (回復役が出来ない分は、腕力と根性で……) 「睦実、お前は下がっておれ!」 「っ!?」  言い残しエルメンリッヒは、敵に向かって疾風のように駆けだした。  エルメンリッヒに気付いたメトゥスが、攻撃態勢を取る。振り上げた丸太のような触手を、すかさずキブェのブーメランが切断した。 「え? 下がってろって、あの……」 「そこに立ってると危険だからね。睦実ちゃん、ホラ、もっと後退《バック》だよ」 「キブェ……」 「伝説によれば『封魂の乙女』には、メトゥス討伐の決定打になる力があるらしいじゃん? あんたをここで失うわけにゃいかないからねぇ。まぁ、俺らを信じて待っててくれよ!」  不敵に笑ってウィンクするキブェ。 (それは……、そうだけど……)  私は今、ヒロインのポジションにいて、『銀オラ』はヒロインが倒された時点でゲームオーバーとなる。 (だけど、すごく嫌だ……)  何も出来ず守られているだけのヒロイン。私はそんなヒロインが主人公の乙女ゲーを好きになれなかった。  ましてや自分がその立場になるなんて。 (……でも、もしここでゲームオーバーを迎えたら、私はどうなるんだろう?)  夢から覚めるのだろうか。それとも二度と覚めない夢の中へと陥ってしまうのだろうか。  その時だった。 『睦実、私の声が聞こえますか?』 (っ!?)  私、いつ、インカムなんて付けたっけ?と、思わず耳元を探る。 (あれ? マノン先生の声が確かに……) 『私です、睦実。今、魔力を使ってあなたの意識に直接話しかけています』 「マノン先生!」  さすがは先生。生徒のピンチに気付いて、状況を打破する策を授けるため、意識だけでも駆けつけて……。 『これから、戦闘においてあなたに出来ることを説明するわね』 (違う!! これ、チュートリアルだ!!)  困惑する私に構わず、マノン先生は言葉を続ける。 『睦実、あなたは戦闘には不向きです。戦闘は導魂士の皆さんに任せ、あなたはそのロッドで補佐をメインに行いなさい』 (や、マノン先生? もう目の前にメトゥスいるんですけど? 戦闘始まってるんですけど? のんびりおしゃべりしている場合では……) 『1つ目は回復。傷ついた導魂士たちの傷を癒してあげてほしいの。2つ目はサポート魔法。仲間の力を増幅したり、メトゥスを毒状態にすることで、戦闘を有利に進められるわ』 (システムは知ってます! でも、魔法が使えないのでどちらも無理です) 『3つ目は応援。あなたの応援で導魂士たちの士気が上がるわ』 (それ、ロッド関係ないですよね?) 『そしてこれはとても大切なことだけど……』 (え? まさか……) 『導魂士たちは戦闘で傷ついて倒れると、好感度を大きく下げてしまうの、気を付けて!』 「待って! 問題なのは好感度が下がることなの!?」 『回復や応援などの補佐を行うことで好感度がアップ! 親しくなれば2人きりの特別な出来事が起こるかもしれないわ、頑張って!』 「今、このタイミングでその情報必要ですか、マノン先生!?」  ツッコミの声も虚しく、マノン先生からのアドバイスは一方的に終了してしまった。どうやらこちらの声は向こうに届いていないようだ。 (……てかさ、3つの補佐のうち、今私が出来るのが『応援』だけってどうなの? 見た目が地味モブ顔BMI23で、出来ることが応援オンリーって、とんだクソヒロインだろ!) 「ぐっ!」 「っ! エルメンリッヒ?」  エルメンリッヒの呻き声に、私は我に返った。エルメンリッヒとキブェは傷つき息を荒げ、特にキブェは額や口端に血を滲ませている。 (え!? さっきまで2人ともこんな姿じゃなかったのに。ヒーローやバトルヒロインの変身シーンとチュートリアルの間は、敵も攻撃してこないものじゃないの!?)  HPバーが表示されてなくとも分かる。キブェには今、回復が必要だ。  青褪める私の頭に、マノン先生の声が蘇った。 ―導魂士たちは戦闘で傷ついて倒れると、好感度を大きく下げてしまうの、気を付けて!― 「……っ!」  それどころじゃねぇだろ、と言う気持ちが大前提にある。  だが同時に、乙女ゲーマーとして『好感度大DOWNは絶対防ぎたい』という思いも湧き上がって来た。  好感度をあえて下げる行為は、バッドルートのスチル回収までお預けだ! (でも、魔法が使えないんじゃ……、あっ!)  持たされたバッグの中に、虹色のピンポン玉のようなアイテムを見つける。これは『銀オラ』での『回復薬・小』だ。 「キブェ、これを!」  私は『回復薬・小』を投げる。それはキブェの足元に落ちた瞬間、はじけてミストを放ち彼の全身を覆った。 「サンキュー、睦実!」 「いえ……」  戦闘の役に立てたことにほっとする。  それと同時に、頭の中に浮かんだ言葉があった。 (なんか、コレ……)  防犯用カラーボール? (いやいやいや! それだとキブェが犯罪者ってことに……) 「ぬぐっ!」 (っ! 今度はエルメンリッヒ!?)  私はカラーボール、もとい、『回復薬・小』を取り出すべく、バッグを探る。が、残念ながら所持していたのは先ほどの一つきりだった。 「くっ! 油断をしたつもりはないが、力量を見誤ったか……」  額から血を流しながら、エルメンリッヒが剣を横凪ぎに振るう。目測を誤ったのか攻撃は外れ、傷ついたメトゥスの触手が体液をまき散らしながらエルメンリッヒに襲い掛かった。 ―導魂士たちは戦闘で傷ついて倒れると、好感度を大きく下げてしまうの― 「下げさせてたまるかあっ!」  私はロッドを振りかぶり、襲い来る腿ほどの太さの触手に思いきり叩き付けた。 「睦実!?」  触手は思いの外固く、力いっぱい殴りつけた手はビリビリと痺れる。 (ぐっ、手が痛い! これでダメージ10だっけ?)  グブシュルル…… 「っ!」  メトゥスは私を敵と認識したのだろう、こちらに向かって触手を大きく振り上げた。 (まずいかな……。でも、私が攻撃を一度受けることで、エルメンリッヒへの攻撃を一度減らせるなら……) 「させぬ!!」  金の光が眼前へ帯を引いて飛び込んで来る。続いて銀の光が閃いたかと思うと、メトゥスの体を斜めに断った。  重く湿った音を立て、メトゥスが地に倒れる。そしてそのまま、塵となって崩れ去った。 (勝った、の……?)  エルメンリッヒは、肩で荒い息をついているものの、しっかりとその両足で立っている。 (やった! 1人も倒れることなく戦闘を終えられた! 好感度大DOWN免れました! おめでとう、私!) 「っしゃあ!」  嬉しくなって、ついはしゃいだ声を上げる。それに反応するように、エルメンリッヒがこちらを振り返った。 「…………」 (えっ……)  すごく怖い顔をしている。  あちこちに血を滲ませた端正な顔立ち、冷たく私を睨み据えるアイスブルーの瞳。 「え……、あ、あの……」 「なぜ……」 「エルメ……」 「なぜ前に出て来た! 下がっているよう申し付けておいたであろう!」 「っ!?」  雷鳴のような声が辺りの空気を震わせる。 「己の力量も図れぬ者が、考えもなしに前に出てくるなど言語道断! お前は己の命を何だと思っているのだ! 死んでしまっては元も子もないのだぞ!」 「お、おい、エルメンリッヒ。そんなにきつく言わなくても……」  庇ってくれるキブェの後ろから、別動隊の面々が戻って来るのが見えた。 「おーい、あっちは片付いて……。なんだぁ? なんかあったのか?」 「ともかく」  エルメンリッヒが剣を鞘に納める。 「いくら、対メトゥスの要になると伝説に残されていようとも、戦力にならず己の立場も理解しておらぬ者を戦場に同行させることを、私は認めるわけにはゆかぬ」  金色の髪を揺らし、エルメンリッヒが私に背を向けた。 「拠点へ戻る。シェマル、手当てを頼むぞ」 「あ、分かりました……」  エルメンリッヒの冷たい背中と、気遣わし気にこちらへ向けられる幾対かの瞳。  麻痺したように白む頭で、私はぼんやりと考えていた。 (あ……。これ、好感度50くらい下がったやつだ……)
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